Stchang’s Diary

すとちゃんが綴る、他愛ないほのぼの日常。

『アクトレスの手紙』

 

 (街の博物館に保存されているそれは相当に古びており、関係者による幾度かの修復の痕が目立つ)

 

 拝啓

 

 この言葉が、まさかあなたに届くなんて本気で思ってはいないけれど、自分の近況をあなたに向けて書きたかったので、完全なあたしのエゴとして書いています。この紙一枚に書いたものだから、風が大きく吹けば、それに吹き飛ばされてしまうかもしれません。もしそうなるのなら、空高く舞い上がったそれが、あなたが触れられる距離まで飛ぶことを祈っています。そうしたら絶対に拾ってね。あたしとの約束よ。

 あなたと別れた後も、三月の空は相変わらず移り気です。昨日はこの街での、あたしの劇団の千秋楽でした。あいにくの雨にもかかわらず、民の皆さんがたくさんいらしてくださったのです。あんな素敵な光景を見ると、いつもそうだけれど、ずっと前、観客があなた一人で会場が病室、演技をしてみせるあたしがベッドの上だった頃のことを思い出さずにいられません。あなたはあたしの傍で、ずっと、微笑んでくれていたっけ。

 あの夢の木はやっぱりとても大きくて、あたしたちがここにいた頃と何も変わってないです。あなたが日に日に弱っていく時のことを鮮明に思い出してしまうから、実はあたしはあまりここに寄らなくなってしまいました。そうやっていつしか完全にここに来ることがなくなり、やがてこの木や、あなたの存在さえも忘れてしまう。人はそれを時間の流れのせいにして、演技者として名を成したあたしのことを擁護するのかも。……可笑しい? そうだよね。あたしもこんな風に書きながら、「そんなわけないじゃん」って久々に素の声でつぶやいちゃった。

 だって、あたしたちは一心同体だもんね。たとえあたしが病気にかかって何もかもを忘れてしまっても、この事実は永遠にそのまま。あたしたちは、永遠にこのまま。あの誓いのまま。

 あたしはいつの間にか、民の皆様から名前を頂戴しました。「三月のアクトレス」だそうです。あたしが皆様に広く知っていただけたのが3月の公演だから、という理由なのだそう。いかにも民の皆様らしい名付け方だと思います。これで、あたしも安泰なのね。

 言いたいことが多すぎるから、ここに記すのはほんの少しだけにしようと最初から決めていました。あなたと二人、手をつないでいた頃に出会った、素敵な流しのギタリストの方が、あなたの訃報を聞いて作ってくださった歌があるの。あたしはそれを今でも劇場で歌っています。その詩をここに掲載して、この手紙を締めくくろうと思います。

 最後に、あなたを心の底から愛しています。あたしが本当に言いたかったのは、これだけ。

 たった、これだけ。

 

敬具

 

 (以下、手紙の損傷が激しく解読不能だが、何らかの詩が書かれているものと思われる)